【相続放棄】実際にあるトラブル事例から深める相続知識

相続の「放棄」を単純に「遺産はいらない」ということだと考えていませんか?放棄はよく考えて手続きしないと自分だけでなく周囲を巻き込むトラブルに発展することがあります。放棄の実例を物語風に読みながら、相続の基礎からしっかりと放棄について学んでみませんか?



相続は悲喜こもごも

相続は亡くなった人の預金や不動産などのプラス財産と借金などのマイナス財産を受け継ぐことです。

財産が絡むとどうしてもそこに光と影が生まれるのは仕方のないこと。何せ私たちは財産がないと暮らせません。同居家族が亡くなった場合は、その人と生計を一緒にしていることが多いわけですからなおさらでしょう。特に夫婦の場合、夫が亡くなったからといっていきなり夫の親族に財産が相続されてしまっては今後の生活すら不安です。

相続は、前提に人の死があるという点で悲劇でもあります。しかし、いきなりプラス財産が転がり込むことだってあるわけですから、ほとんど縁のない遠くの親族からいきなり高額の財産を相続することを「笑う相続人」などという言葉があるように、ある人にとっては喜劇でもあります。しかし、亡くなった人に大量のマイナス財産があった場合は、相続人は悲劇ですし、生計を同じくしていた人にとってはやはり悲劇です。また、相続によって人間関係が複雑に錯綜することだってあるわけですから、やはり悲劇と言えるでしょう。

さて、今回は、「相続で実際にある話」を相続の基礎知識を交えてお送りしたいと思います。「相続は時に悲劇」。この言葉を念頭におつき合いいただければと思います。



実例の前に相続の基礎を確認

相続で実際にあった話をご紹介する前に相続の基本を確認します。

■亡くなった人を「被相続人」、財産を受け継ぐ人を「相続人」という
用語の整理です。混乱しないようにしっかりと区別をつける必要があります。

■相続対象になる財産は預金や不動産などのプラス財産だけでなく、借金や未払いの税金などのマイナス財産も含まれる
プラスもマイナスも相続財産です。相続人は被相続人の預金や不動産などのプラスを分割すると同時に、マイナスも分割して受け継ぎます。ただし、お墓や仏壇などの祭祀財産と被相続人本だけの権利(会員権や本人限定の給付権など)は相続財産には含まれません。

■相続にはいくつかの方法や選択肢がある
「遺言」は被相続人が残した意思に従って相続する方法
「遺産分割協議」は相続人同士が話し合いで遺産の取り分を決める方法
「放棄」はその相続人が「遺産は一切いりません」と言うこと(要・裁判所で手続き)
「限定承認」は相続人全員が手続きを取ることにより、相続財産の一部だけを受け継ぐ方法(要・裁判所で手続き)

■基本的には「遺言」が優先だが、相続人が全て同意すれば遺産分割協議ができる
話し合いの結果、法律の分割に従うことにしてもOKです。また、誰か一人が全遺産を受け継ぐ形にしても問題ありません。

■遺言や遺産分割協議がなく、その上で限定承認でもない場合は法律に従った分割を行う
法律に従う場合を「単純承認」「法律分割」などと呼びます。特に何も手続きをしなかった場合や、遺言がない場合、話し合いも行われなかった場合には法律を使って分割をすることになります。法律に従った分割方法は有名だと思います。ケースごとに説明します。

1、相続人が配偶者だけの場合、全て相続する
2、相続人が子供だけの場合、全て相続する(遺産は子供が均等にわける)
3、相続人が配偶者と子供の場合は、配偶者が1/2で子供が全員合わせて1/2相続する
4、相続人が配偶者と被相続人の両親の場合は、配偶者が2/3で両親が合わせて1/3を相続する
5、相続人が配偶者と被相続人の兄弟姉妹の場合は、配偶者が3/4で兄弟姉妹が合わせて1/4を相続する
6、相続人が子供と被相続人の両親の場合は、子供が全てを相続する
7、相続人が子供と被相続人の兄弟姉妹の場合は、子供が全てを相続する
8、相続人が被相続人の両親と兄弟姉妹の場合は、両親が合わせて全てを相続する

■相続人である子供が亡くなっている場合は子の子(孫)が相続できる(代襲相続)
例えば父親の遺産を子供であるAとB、母親が相続するとします。800万円の預金を残した場合は、母親が1/2ですので400万円を相続し、AとBが合わせて1/2ですから200万円ずつ相続します。しかし、Bが亡くなっている場合はBの子Cが相続します。Cが亡くなっている場合はCの子Dが相続します。Dが亡くなっていたらその子Eが……というふうに延々と子供が相続することになります。

■両親が相続する場合に両親が亡くなり両親の両親が存命の場合は、両親の両親が相続する(代襲相続)
例えば配偶者が400万円、両親が合わせて200万円相続する場合に両親が亡くなっており両親の両親が生きている場合には、両親の両親が両親の取り分を相続します。

■兄弟姉妹が相続する場合に兄弟姉妹が亡くなっている場合には、兄弟姉妹の子が相続する(代襲相続)
例えば配偶者が600万円、兄弟姉妹であるAとBが合わせて200万円(一人あたり100万円)相続する場合でAが亡くなっていれば、Bはそのまま100万円を相続し、Aには子がいればその子がAの分である100万円を相続します。

ただし、Aの子も亡くなっている場合に孫がいた場合でも、孫は相続しません。被相続人の子供の場合は、子が亡くなっていれば孫、孫も亡くなっていればその子と、延々と相続がなされましたが、兄弟姉妹の場合の代襲相続は兄弟姉妹の子でストップします。子の子は被相続人とほぼ赤の他人の関係だからです。

■相続人ではあるけれど相続ができない場合もある
被相続人や自分より先順位、同格の相続人を害した場合は「欠格」として相続ができない決まりです。また、被相続人が生きている時に散々暴言を吐いたり、遺棄したりといった酷いことをして所定の手続きを踏んだ場合、または遺言書に「あいつに遺産はやらん!」と記載した場合は「廃除」として遺産相続はできません。ただし、Aが廃除または欠格で父親の遺産相続ができなくても、その後に発生した母親の相続は可能です。

父親に関しては廃除や欠格となっていても、母親に対して廃除や欠格になっていなければそちらの相続は問題ありません。また、欠格や廃除で子供が相続できない場合は、代わって子供が相続するはずだった分を孫が相続します。父親は子供に関しては怒って「相続させない!」と思っていても、孫は可愛いかもしれないからです。

■配偶者、子供、両親が相続人になる場合には必要最低限の取り分(遺留分)が保障されている
配偶者、子供、両親が相続人であった場合は、必要最低限の遺産の取り分が定められています。これを遺留分といいます。遺言で遺産を全て赤の他人に渡されてしまった場合や、相続人の数人にだけ渡されて全く取り分がなかった場合、取り分が法律で定められた遺留分より少なかった場合は、遺留分を主張して取り戻すことができます。

配偶者や子供、両親は被相続人と同居し生計を同じにしている可能性が高いため、いきなり遺産を全て他者に渡されてしまうと生活自体が危うくなるからです。ですから、相続人達の生活を考え、遺留分という一定の遺産の取り分を法律は保証しているわけです。ただし、遺留分を侵害する遺言も有効ではありますし、そもそも遺留分を侵害されたとしても主張するしないは相続人それぞれの自由です。1000万円の遺産を全て遺言で赤の他人に渡されても主張しないこともできるわけです。

なお、兄弟姉妹には遺留分はありません。仲の良い兄弟でも、一定年齢になれば別々の家庭を築いている可能性が高いからです。兄弟姉妹は遺言で赤の他人や一部の相続人に財産を全て渡されてしまっても遺留分を主張して取り分を返してもらうことは一切できません。

放棄についてさらに詳しく

今回は「放棄」にまつわる事例をご紹介しますので、放棄についてもう少し詳しくご説明します。

「放棄」とは、相続人がいざ相続となった時に、「遺産はいりません」と主張し、その旨を裁判所で手続きすることをいいます。放棄をすることにより、その相続に関してはプラス財産(預金や不動産)とマイナス財産(借金や未払いの医療費、税金など)を受け継ぐことはなくなります。遠縁のほとんど会ったことのない人の財産を受け継ぎたくない場合や、被相続人の財産にマイナスが多い場合は放棄の実益があります。

放棄は自己のために相続があったことを知った時から三カ月以内に裁判所で手続きをする必要があります(民法915条)三カ月が経過すると基本的にどれだけ相続財産にマイナス(借金や未払い)が多くても放棄はできなくなります(既刊の伸長が認められる場合あり、民法915条)。

期間が短く定められているのは、遺産が誰のものかを早く確定させる必要があるためです。何時までも遺産が宙ぶらりんだと、誰に不動産の税金を請求すべきなのか、その不動産を譲って欲しいのに誰に話を持ちかければいいのか分からないと、相続人以外の人が迷惑するからです。ですから期間が短めに決められています。

期間を覚える上でのポイントは、亡くなってから三カ月ではなく、「自分のために相続があったと知ってから三カ月」という点です。今まで被相続人には一度も会ったことがなく、死んだことすら知らなかった。そんな十年前に亡くなった人の遠縁であった自分が相続人にあたるようだ。もしこのような事情があった場合は、死んでから三カ月の起算が始まると、この人はもう放棄はできず借金が多ければ決して逃れることはできません。

自分のために相続があったと知ってから三カ月なら、遠縁の死と自分が相続人であることを把握してから起算が始まりますから、この人はまだ放棄によりいきなり債務者になることを逃れることができます。

裁判所で放棄の手続きを済ませると、それはとても強力な抗弁となります。借金取りが「あんた相続人だろ、被相続人の借りた金を返してくれ」とやって来ても、放棄の手続きを済ませていれば「私は放棄しましたので払う義務はありません」と言い返せます。裁判所が認めたのですから、借金取りはそれ以上何も言えません。放棄は誰に対しても主張できます。相続の放棄の効果は絶対的です(昭和42年1月20日、最高裁の判決より)。

ただし、強力な反面、一度放棄をすると撤回は認められません。「放棄しますと言いましたが、やっぱりナシで」と言われるとややこしいからです。三カ月という期間内に放棄をし、撤回しようとしても駄目です(民法919条)。一度した放棄は取り消せません。期間内だからいいということは当然なく、放棄の手続きをすれば、その相続に関しては絶対的に放棄するものと決定します。

ただし、放棄が脅迫や詐欺によって放棄してしまった場合は一定の期間内だけは放棄の取り消しが可能です。放棄が脅迫や詐欺によるものだった場合は、詐欺・脅迫を脱した時から六カ月または放棄の時から十年以内に家庭裁判所に申述することにより取り消しをすることが可能です(民法919条)。

裁判所|ご存知ですか,相続放棄!
参照元:裁判所(2015年11月、著者調べ)

裁判所|相続の放棄の申述
参照元:裁判所(2015年11月、著者調べ)

裁判所|相続の承認又は放棄の期間の伸長
参照元:裁判所(2015年11月、著者調べ)

遺産分割協議との違い

たまに「遺産分割協議」と「放棄」を混ぜて覚えてしまっている方を見受けます。相続人同士の話し合いで「遺産はいらない」と言って何ももらわなかったから放棄だと言うのです。

これは放棄ではありません。放棄は裁判所で手続きすることでしかできません。ですから、自分の取り分を辞退した場合はあくまで話し合いの一環、遺産分割協議に過ぎません。放棄は「何も遺産をもらわないこと」ではなく「裁判所で遺産の相続はしませんと手続きすること、手続きしたこと」です。相続人同士で話し合いをした場合は取り分が無しでも放棄とは言いませんので混ぜて考えないように注意しましょう。

以上が相続と放棄の基礎知識の確認になります。
では、これからいくつか実例をご紹介しますので、話を読みながら放棄について考えてみていただければと思います。なお、これらの話は「放棄」を覚えやすいように多少脚色させていただきました。ご了承ください。



事例1「母の愛と相続放棄」

Aさん(女性)のもとに夫の訃報が届いたのは二週間前のことです。

十歳になる息子と夫とAさんは三人暮らしで、先日やっと夢のマイホーム(中古住宅、夫名義)を手に入れたばかりで、家族三人仲良くくらしていました。そんな折に夫の突然の死にAさんは打ちひしがれますが、一人息子と共に夫の遺した家と1000万円の預金、そしてAさんの収入で暮らして行こうと決めました。

夫は遺言を残さなかったため、法律に従って遺産を分けることにしました。夫名義の家は自分と息子で1/2、預金も500万円ずつです。しかし、息子はまだ十歳、相続財産を管理するのは難しいでしょう。Aさんは息子の分も含め自分が管理しようと、息子に相続を放棄してもらうことにしました。

しかし、放棄の手続きを終わらせた上で銀行や家の相続登記の手続きを使用と各所に足を運ぶと、何と、相続は家がAさん3/4、そしてAさんとは仲の悪い夫の姉が1/4を相続することになり、預金は750万円がAさんの相続分で、250万円は夫の姉が相続することになるというのです。Aさんは話し合いを持ちかけましたが、夫の姉は話し合いには応じませんでした。

<放棄>の本質その1

放棄とは「遺産はいりません」という手続きであると同時に、「私は相続人として最初から存在しない人間と考えてください」という手続きでもあります。「遺産はいらない」という言葉の後に必ず「最初から存在しない人間として扱ってください」という言葉が続くと思ってください。

ですから、この事例の場合だけでなく、相続人の一人が放棄をした場合は、その相続人は最初からいなかったものとして相続関係を考え直すことになります。この事例では子供が放棄をしましたので、その子供は存在しなかったものとして相続をやり直します。そうすると、夫の両親は亡くなっているわけですから、妻(配偶者)と夫の兄弟姉妹が相続人になるパターンに該当します。

遺産の取り分は妻が3/4で姉が1/4です。結果、子供の遺産もまとめて管理しようとしたのに、悲劇にも姉に250万円が相続されることになるわけです。妻の取り分が増えるわけではないことに注意が必要です。

このパターン以外でも、妻と子供二人(A、B)が相続人の場合にAが放棄すれば、妻と子供Bだけが相続人になります。Aは存在しない人間ですから。妻が放棄すれば子供A、Bで遺産をわけることになります。妻は存在しない人間です。子供二人が放棄した場合は、子供二人は最初から存在しない人間です。妻の取り分が増えるわけではなく、両親が存命であれば妻と両親が相続人のパターンに該当しますし、両親が亡くなり兄弟姉妹がいれば、この事例と同様に妻と兄弟姉妹が相続人になるパターンに該当します。

事例1の悲劇を防ぐためには?

■夫が遺言をしておく
遺言でAさんに遺産を全て渡す旨と子供のために使って欲しい旨を記載しておけば問題なく相続が可能でした。夫の姉が財産を相続することはありませんでした。夫の姉(兄弟姉妹)には遺留分はありませんので「自分にも必要最低限の遺産をください」という主張はできませんでした。

■遺産分割協議をする
Aさんと子供で遺産分割協議をして、奥さんが遺産を全て受け継ぐ形で取りまとめれば夫の姉に相続権が行くことはありませんでした。

なお、子供は未成年ですので遺産分割協議を自分で行うことはできません。こんな時は母親であるAさんが子供の代わりに遺産分割協議に参加するのですが、今回のケースはAさんの取り分が増えれば子供の取り分が減るという子供とAさんの利益がぶつかるケースです。これを利益相反といいます。

本来ならAさんが子供の代わりに行うところですが、親と子の利益がぶつかる場合は裁判所に子供の特別代理人を選任してもらうことになります。子供の特別代理人とAさんで子供の今後のことを考えた上で遺産分割協議をすれば問題ありませんでした。

■Aさんが放棄をする
子供が放棄するのではなく奥さんが放棄していれば遺産は全て子供に相続されていました。子供に相続させた上で親として管理をするという方法がありました。

■法律通りに相続する(単純承認をする)
法律通りにAさんが1/2、子供が1/2を相続していれば問題ありませんでした。親ですので奥さんは子供の相続した財産を適切に管理し、管理や使い方についてアドバイスもできたはずでした。何も手続きをしなければ夫の姉が相続することはありませんでした。

事例2「父の愛と相続放棄」

Bさんの先日亡くなった父親はなかなかの資産家です。Bさんも食うに困っていないのですが、一人息子のCの給料が低く生活を援助しているため、援助金が少々Bさんの家計を圧迫している状態ではありました。

Bさんは考えました。父親の遺産を息子に相続させれば、息子にはまとまったお金が入るのでBさんの援助は必要なくなります。毎月ちまちまとしたお金を渡すよりそちらの方が楽ではないか、と。

そこでBさんは相続を放棄しました。自分が相続人から外れれば、息子Cが相続人になると思ったのです。しかし、相続を放棄した結果、何とBさんのたった一人の兄に遺産が全て相続されてしまいました!どうして?

<放棄>の本質その2

放棄は「遺産はいりません」という手続きであると同時に「私だけでなく、私の子、孫、そして子孫は相続いたしません」という手続きでもあります。放棄によって息子のCさんが代襲相続することはなく、Bさんが放棄することによって一切の相続の道を断たれた形になります。

欠格や廃除の場合は、欠格者や廃除者の代わりにその子が相続することになりますが、放棄した場合はその子が相続することはありません。

事例2の悲劇を防ぐためには?

■Bさんの父親に遺言をしてもらう
孫のCさんに遺産を相続させるという形で遺言書をしたためてもらえば、Bさんの息子がBさんの分を相続することも可能でした。遺言なら赤の他人に相続させることも、孫に全て相続させることも、遺産を全て慈善団体に寄付する旨指定することも可能です。亡くなった人の財産だったわけですから、持ち主の意思に従うのが一番良い方法だと法律は解釈しています。ですから、法律の分割とは異なる形の遺産相続を指定してもらえば良かったのです。

■相続分の譲渡をする
Bさんは放棄をせずに自分の相続分を息子に譲渡する方法がありました。自分の相続分は同じ相続人だけでなく赤の他人にも譲り渡すことができます。もちろん、Bさんは息子に譲渡することもできました。

■法律通りの分割を行う(単純承認をする)
Bさんはそのまま法律で定められた遺産分割を行い、父親の資産を兄と1/2ずつ分けて、その上でCさんに援助を行う方法もありました。自分の子に援助を行う場合は、特定の条件を満たすと贈与税の面で優遇を受けることができます。

No.4508 直系尊属から住宅取得等資金の贈与を受けた場合の非課税|贈与税|国税庁
参照元:国税庁(2015年11月、著者調べ)

事例3「負の相続放棄は続く」

ある日、大学を卒業し社会人になったばかりのD君のところに一本の電話がかかってきました。電話はある会社からで、先日亡くなったD君の伯父が多額の借金を残したから返済して欲しいとのことでした。

D君は「なんで俺?」と思いました。D君も学業で忙しく、伯父とはここ数年ろくに顔を合わせていませんでした。毎年、実家に、D君の亡き父親の名前で年賀状が届くくらいでした。D君はよく母親と「お父さんも死んでかなり経ったのだから、伯父さんもそろそろ宛名を変えてくれるといいのだけど」「伯父さん、今年も親父の名前で送って来たよ」と話すくらいで、それ以外に伯父さんのことなどほとんど話題に上ることはありませんでした。

その伯父が死んだという連絡があったのは一カ月前のことです。遠方のためD君のお母さんだけが葬儀に出席しました。D君の中では、もう伯父さんが亡くなったことは過去のことでした。

しかし、その伯父さんの借金を払えとはどういうことでしょう?

D君は急いで伯父の奥さんに連絡を取ります。奥さんは「さあ、私にも法律のことはよく分からないのだけど」と前置きした上で、「私と娘は夫が多額の借金を残したことを知って相続を放棄したの」と答えました。どうやら奥さんもそれ以上のことはよく分からないようでした。

伯父とD君の亡き父親の両親、つまり坂本君の父方の祖父母はかなり前に亡くなっています。D君はこれは一体どういうことだ?と思いながら、法律の専門家に相談しました。すると、その専門家は言いました。

「D君、これはいけない。伯父さんの奥さんと娘さんが相続を放棄し、次の相続順位であった君のおじいさんとおばあさんも故人だ。そして君のお父さんも亡くなっているから、相続権が君に来てしまったんだ」
「ええ!?」

何と、D君は知らない内に伯父の多額の借金を相続してしまっていたのです!

<放棄>の本質その3

放棄は「遺産はいりません」という手続きであり、その言葉の後には「私のことは最初から存在しない人間として考えてください」「私だけでなく、子も、孫も、子孫全て相続はいたしません」という二つの言葉が続きます。

しかし、それだけではありません。もう一つ続く言葉があるのです。それは「私は相続しません。ですから次の順位の方に相続権を回します」という言葉です。

伯父さんの奥さんと娘が相続を放棄したことにより、二人は相続において存在しない人間になりました。おじいさんとおばあさんはもう亡くなっているので相続のしようがありません。次に相続するのは伯父さんの兄弟姉妹であるD君のお父さんですが、お父さんももう亡くなっています。そのお父さんの相続分をD君が代襲相続してしまったのが今回のケースです。

事例3の悲劇を防ぐためには?

■裁判所で限定承認をする
限定承認は裁判所が財産のプラスとマイナスを算定した上で、プラス財産の範囲でマイナス財産を相続する手続きです(民法923条)プラス財産の範囲でのみマイナス財産を相続するため、プラス財産で借金を返済しきれない分はそこでストップし、相続人に及ぶことはありません。

限定承認をする場合は、相続人が全員そろって裁判所で手続きしなければなりません。全員でなければいけないところがポイントです。裁判所に相続財産の目録を提出し、相続人全てと財産が裁判所の計算と管理に従うことになります。事例の場合は伯父さんの奥さんと娘が既に放棄をしていますので、限定承認はできません。

■最後の一人まで相続放棄をする
放棄により相続人の最後の一人までもれなく手続きをすることによって債務の連鎖から逃れる方法です。例えば被相続人の子供が借金のあまりの多さに相続放棄をする。被相続人の配偶者と両親が放棄をする。そうすると子供、配偶者、両親は最初から存在しない人間になりますので、自動的に相続権は被相続人の兄弟姉妹へと移ります。兄弟姉妹も放棄をすれば、相続人はいなくなるという寸法です。

放棄とは「自分も、子も、孫も、子孫全て相続はしない」ことですので、これなら子供の子供や兄弟姉妹の子供が代襲相続することもありません。しかし、この方法には恐ろしい欠点があります。誰かが期間内に相続放棄をするのを忘れると、その人だけババを引く、つまり莫大な借金を相続してしまうという点です。「え、私、相続放棄してないよ!?」ということがないように、相続人間で連絡し合い手続きを進める必要があります。

早めに法律家の元に赴き、漏れがないように全員が相続放棄をしたい旨を伝えれば、戸籍謄本から相続関係を確認してくれますので自分達で手続きをするより安心です。事例では限定承認ができません。しかし伯父さんが亡くなって一カ月ですので、D君は放棄をすることにより多額の借金を相続しないで済みます。

まとめ

■放棄は裁判所で手続きして行う
■手続き期間は自分が相続人だと知ってから三カ月以内
■放棄は「遺産はいりません」という手続き
■「遺産はいりません」の後に「相続の手続きに関して私は存在しない人間です」という言葉が続くのが放棄
■「遺産はいりません」の後に「私の子や孫、子孫も遺産はいりません」という言葉が続くのが放棄
■「遺産はいりません」の後に「次の順位に相続人に遺産を回します」という言葉が続くのが放棄
■「遺産はいりません」と主張したとしても、裁判所で手続きしなければ放棄ではない
■一度放棄すれば基本的に撤回はできない(ただし脅迫されたなどの理由があれば別)

これが放棄です。

相続の際に母親の取り分を増やそう、子供の財産を母親が管理したいという理由で子供が放棄をすると、子供は相続に関しては最初から存在しないことになりますので、子供はいないものとして相続を考え直すことになります。結果的に両親や兄弟姉妹がいればそちらが相続人になります。

自分の子供に相続させたいからと自分が放棄をすれば、放棄は自分を含め自分の子孫も全て相続はしませんという手続きですから子供だって相続はできないことになります。また、最初の相続人が放棄すれば、その人は存在しなかったこととして相続を考え直されることになりますので、結果的に次の順位の相続人に財産が回ります。負債が多ければ、次の相続人も「私は存在しない人間です。次の方、どうぞ」と延々と放棄が続くという負の連鎖が起こります。

「放棄」とは確かに「遺産はいりません」という手続きですが、その言葉の後に必ず「私は相続に関して存在しない人間です」「私を含め子孫も相続はいたしません」「次の相続人に財産をどうぞ」という言葉が続く手続きであると理解した上で慎重に行うことが必要です。 ※本記事は一般的な情報に過ぎず、適用法令等の改正、前提事実や個人状況の違いおよび変化によって、掲載内容と実際の結果が異なってしまう可能性があります。従って本記事の掲載内容については一切の責任を負いかねますので、内容の解釈や実践はご自身の責任で行い、専門家に相談されることを推奨いたします。