【借金地獄から抜け出す10の方法】を経験者から学びましょう!

借金地獄、聞いただけでゾッとしますね。でも誰にでも借金地獄に落ちてしまう可能性があるんです。最初は「こんな借金なら次の給料日に返済できる」っていう方が多いかもしれません。でもいざ給料が入ると考えが揺らいでしまうもので、また借金を重ねてしまうようです。そんなあなたへ借金地獄から抜け出す方法を教えます。



抜け出し方①:親からの援助

交際費が増え、次第に借金も増えて…

■友人との交際費が多くなり、借金をするはめになったAさん

私は生まれてからずっと地元で暮らしてきましたので、学校や会社にも多くの同級生や同僚、知人がたくさんいます。専業主婦として家事一切を任せられ子供にも恵まれ幸せな生活を送っていました。しかし、友人が多いというのはその分お付き合いも多く、料理教室をはじめ、生け花、お茶などのカルチャー教室に誘われたり、旅行、食事なども回数や頻度が多いのです。

それぞれの友人がそれぞれ機会に誘ってくるものですから、元来断れない性格の私は事あるごとにお付き合いをしていました。主人の給料も良い方でしたので、当初は家計のやりくりでなんとか賄っていたのですが、子供が成長するにつれ教育費がかかるようになり主人には言えませんでしたが家計は火の車同然でした。

私は見栄を張ってしまう性格でもあったため、本当は生活費に困ってしまうことも言えず、友人とのお付き合いをずっとやってきましたが、ついに限界が来てしまったのです。本当はそのことを主人に話しておけば良かったのですが、なかなか言い出せず、生活費に足りない分は消費者金融から借りておりました。

そもそも生活費にも事欠いていたわけですので、とても借金をへんさいする余裕もなく、支払い期日が近づくと別の消費者金融へ足を運んでは借金をしていました。そんな生活は長続きするはずもなく3年も経たないうちに借金は300万円を超えてしまったのです。

さすがに主人も私の様子がおかしいと感づいたらしく、ある晩のこと私に問い詰め始めました。私はもう嘘をついても仕方がないと諦め、一部始終を主人に打ち明けました。

義理の父親に土下座して借りた

主人は私を叱責することはなく、私が謝るのをじっとして聞いていました。私が涙で言葉が出なくなると主人はひとこと「親父のことろへ行って頼んでみるか」とだけ私に言いました。

主人の実家はある程度の資産家で、今住んでいる家も主人の父親が買ってくれたものでした。翌日、主人は会社を休み、私を連れて実家に向かいました。車の中でも私はずっと泣いておりましたが、主人は無言のままでした。

実家に到着し、玄関を入るや否や主人は突然土下座をし。「黙ってオレに300万貸して欲しい」と父親に頼み込んだのです。当然私も一緒に土下座をしました。数分の沈黙が流れた後、父親は「口座番号を教えろ」とだけ言って奥に行ってしまいました。その時母親もいたので、主人は母親に口座番号を書いたメモを渡し、一礼し帰ってきました。

こうして私の借金は全て返済され、私は地獄から解放されたのです。その後も主人は何事もなかったかのように私に接し愛してくれました。私はもう二度と借金はするまいと固く誓い、友人からの誘いも理由をつけて断るようになれました。



抜け出し方②:おまとめローン

株で儲けようとしたが失敗の連続で…

■株で一儲けしようと思ったが、失敗したBさん

あれはもう20年くらい前になりますか、1980年代のバブルがはじけて2000年ごろに今度はITバブルが始まるころの話です。私は商社で働く営業マンをしていました。バブル時代は給料も良く年収もかなりの額を貰っていましたので貯金も多く、何不自由な暮らしておりました。やがてバブルが弾け、どこもかしこも不景気の嵐が吹き荒れていたころも、私は何の変りもなく普通に暮らしていたのですが、営業をしているといろんな情報が飛び込んでくるもので、今度はこの株が上がるそうだなんて話も普通でした。

そしてITバブル前夜、それまで株に手を出したことが無かった私が、同僚からの熱心な誘いでついに株式投資を始めたのです。最初は面白いように儲かりました。たったひと月で私の年収をはるかに超えるほどの利益が出たのです。それからというもの私は株にどっぷりつかり始めました。

やがてITバブルも終わりを告げたのですが、当時の私はまだいけるんじゃないか、という何の根拠もなしに続けたのですが、結局それは失敗に終わり、今まで儲けた分も貯金も失い、借金が5社600万残っただけでした。毎月の支払いも15万で、住宅ローン20万も給料から差し引くと手元には5万ほどしか残らず、家族も養っていくことさえできなくなりました。妻とは喧嘩の毎日で家に帰るのさえ嫌になり、ツケで飲み回る毎日でした。

借金取りからの催促の電話は毎晩掛かり、自宅まで押し入ってくるほどひどかったのです。

銀行で借金をまとめた

私の仕事の取引相手にある銀行がありました。その銀行マンは「今度この商品を扱うようになったので、営業先にも渡してくれませんか」と手渡されたのは「おまとめローン」のチラシでした。

内容を説明されているうち、私は涙が止まらなくなり、どうかしたのですか、とその銀行マンに心配されましたが、適当な理由をつけてなんとか胡麻化しましたが、商談が済むと私は急いで銀行へ向かい早速申し込んだのです。複数ある借金を金利が低い金融機関を選んで1本にし、毎月の返済額を減らすのがおまとめローンです。

おかげさまで、毎月の支払いは5万になり、その浮いた分で生活をやっていけるようになったのは言うまでもありません。

抜け出し方③:生活資金支援制度

事業の失敗で多額の借金が残り…

■自営していた店が行き詰まったCさん

リサイクルショップを経営するようになって6年が過ぎたころからだったでしょうか、販売するよりも買い取りする方が多くなり始めたんです。帳簿を付けているのでわかるんですよね。それでも初めの頃はこの傾向は一過性のものだろうとたかをくくっていたのですが、その後毎月毎月在庫がどんどん増えていく一方で、当然お店の手持ち現金が少なくなっていって、困ったことになったなと。

店もそんなに広いわけじゃないので、終いには買取品を置くスペースさえも無くなる始末で、かといってどこかに倉庫を借りてもお客さんに見てもらうことが出来ないもんですからなんとか店内を整理して展示していました。

商品を買いにくるお客さんは結構いましたので、収支決算上は黒字なのですが棚卸資産が多すぎて本当に困りました。そんな状態が2年くらい続くとさすがに手持ち現金の底が見え始め生活費用に回す余裕も無くなったんです。

さすがにこれはどうしようもなく取引銀行に融資を申し込んだのですが担保が足りないと言われ借り入れが出来ませんでした。そうなると後は消費者金融に頼る道しか残ってませんから、何の抵抗も感じずにとりあえず事業資金として100万の融資を受けました。毎月5万の支払い条件です。

しかし、その後も買い取りの方が多い状態は続き借りた100万はわずか半年も持ちませんでした。いっそしばらくは買取を中止しようと考えたのですが、そうなると店の評判が落ちるかもしれないと思うと踏み切ることも出来ず、新たに別の会社から100万借りました。こちらも毎月の返済が5万で銀行への返済を含めると毎月20万です。今思えばこの時点で店を止めた方が良かったのかもしれません。結局自分の経営能力の不足を感じました。

それでもその内には経営も上向くだろうと店の営業を続けましたが改善の兆候はなく、1年で店をたたむことになりました。買い取った商品は同業者に引き取ってもらいましたが、銀行に300万、消費者金融に200万、合計500万の借金が残ってしまいました。幸い店の建物と土地の立地条件が良かったので地元の不動産屋に買い取ってもらい、借金は帳消しになったのがせめてもの救いでした。

でもそこからが地獄の毎日でした。住んているアパート代は勿論の事生活費さえありません。仕事を探してもなかなか見つからずパン屋からは残ったパンの耳、八百屋からは半分腐りかけたような野菜、肉屋からも売りものにならないような肉の切れ端を貰って生きるのが精いっぱいで、電気、ガス、水道は滞納で止められました。もう死のうと考えていたとき、噂を聞きつけた民生員の方が来たのです。

民生員に相談して公的資金を借りて解決

全てを民生員の方に話して相談に乗っていただきました。その時点で、自分は定職が無く、日雇い的なアルバイトで日々しのいでいましたので、銀行等からの借り入れは難しく、消費者金融を利用することも考えましたが利息を払うだけで精いっぱいとなることが予想できましたので普通の借り入れは諦めていました。

そうしたら市から生活資金を借りられると聞き民生員の方に全てをお願いして借り入れをしました。これが生活資金貸付という制度です。この制度は「低所得者世帯」、「障害者世帯」、「高齢者世帯」に対して最高額250万円まで借り入れができ、利息も年率1.5%で済みます。しかも支払期間が最長で20年以内となっていますので、毎月の返済額が2万円強で済みます。これなら生活設計も立てやすくなるわけです。

仕事も民生員の方の世話になり、近所のスーパーで掃除の仕事を見つけてくれました。その時は本当に神様が現れたと思いました。

生活資金貸付制度
参照元:厚労省(2015年10月、著者調べ)



抜け出し方④:任意整理で

交通事故を起こし相手への支払に困り…

■交通事故で多額の慰謝料で困ったDさん

お恥ずかしいことなのですが、交通事故を起こしました。それも人身事故でした。幸い被害者の方も命にかかわるような大事故ではなく全治2カ月の怪我で済みました。しかし、運の悪いことに自分の入っていた車の車検が切れており任意保険も自賠責保険も全く使えなかったのです。

相手の治療費、入院代、休業補償、慰謝料を含めると軽く550万は必要だと分かり私は目の前が真っ暗になりました。とても私の貯金では足りず、不足分300万を工面しなければなりませんでした。銀行にいって相談したのですが断られ、仕方なく消費者金融3社から300万を借り被害者へ渡しました。

被害者の方も無事退院したのですが、首と腰に後遺症が残ってしまい、その治療費、休業補償、慰謝料が新たに200万必要だと言われ、別の会社2社から200万を借り支払いました。これで一気に5社500万の借金となったわけです。毎月の支払いが15万でとても自分の給料ではやっていけません。支払日には矢の催促が5社からあり、挙句の果てには勤務先まで押しかけられたこともありました。

弁護士と相談し任意整理で解決

これではとても生きていけないと判断した私は知り合いの弁護士に相談に出かけたところ、任意整理がいいのいでは、とアドバイスを受け早速依頼しました。それからというもの支払いの催促はピタリと止み、私は精神的にかなり軽くなりました。

任意整理とは借主と貸主の間に弁護士や司法書士が入り、お互いの主張を聞きながら借金の減額や、毎月の支払い額および返済金を決定します。そのため合意に至るまではある程度の期間(日数)がかかりますが、最終合意に達するまでは借主は借金の支払いが不要となるため、借金の請求が無い分精神的にも助かります。

結局解決までに半年かかり、借金は半額の250万に減り、支払いも利息なしで毎月25,000円で済むようになりました。事故は私の全責任でしたので被害者からの請求を全て鵜呑みにし、いわれるがまま支払っていたのもいけなかったと弁護士から叱られました。

任意整理でお困りなら 
参照元:法テラス(2015年10月、著者調べ)

抜け出し方⑥:個人再生

風俗店に入り浸るようになり、気が付くと借金が…

■風俗店に入り浸っていたEさん

いろいろ仕事のことで悩んでいましたので相当ストレスが溜まっていたのだと思います。お恥ずかしながらキャバクラにハマってしまいました。毎晩目当ての女の子がいる店に通ったのです。欲しいと言われればブランド品を買い与え、ボトルを入れてと言われれば1本20万の酒を入れる日が続きました。かれこれ2年は通ったでしょうか。給料で払えない場合はカードで払い、足りなければ消費者金融から借りるというバカなことを繰り返していました。

ある晩、その店に行ったのですが目的の女の子がいません。マスターに聞いてみると昨日でやめたというのです。私の楽しみは終わったのでした。今度一緒に旅行に行くという約束も果たされないまま、私の一方的な恋愛は終わりを告げました。

私に残ったのはカードの残債と消費者金融6社の残高720万という途方もない金額だけでした。借金を借金で返すということをやってきたツケでした。

裁判所に行って相談し個人再生で解決

友人にそのことを相談したところ裁判所に行って相談してみたらと言われ、私は早速相談に行き、結局、個人再生を勧められその申請を行いました。

個人再生とは裁判所を通じて借金を減額してもらう制度で、住宅ローンを除いた借金が5,000万円未満の場合に適用されます。借金の減額は1/5まで圧縮され、残った借金を36~60回で返済することになります。そしてこの制度の最大の利点は、住宅や車などの財産を失わずに済むことにまります。

今回、おかげさまで借金は1/5の140万に減額され支払は毎月4万x36回払いとなりました。

個人再生手続利用にあたって
参照元:裁判所(2015年10月、著者調べ)

抜け出し方⑤:特定調停

ギャンブルに溺れ、多額の借金を抱え…

■競馬に熱中しすぎたFさん

私は元来勝負事が好きでその中でも競馬に熱中していました。掛け金も多い時で20万くらいは使っていて、勝つときもあれば負けるときもある、それを承知で競馬場に土、日と毎週のように通っていました。勝った時は喜びで一杯になりましたが、負けた時は悔しくて夜も眠れない程でした。当然ギャンブルですから負ける時の方が多く、給料を全部つぎ込むことも珍しくなかったのです。

そんな時は消費者金融から借り入れを起こし、勝った時はその返済に充てるのが普通でしたが、次第に負けが込んでくると借金の支払いも出来なくなり、自分でもいくら借金があるのかさえもわからないくらいでした。

支払日の翌日は一切電話に出ないようにし、家にいても居留守を決め込みましたが、そのうち裁判所から差し押さえの通知が来たのです。

裁判所へ行き、相談して特定調停で解決

特定調停とは、一見弁護士や司法書士が行う任意整理と似ていますが、任意整理は裁判所の手続きが必要ないのですが、特定調停の場合は裁判所の手続きが必要です。裁判所が指定した調停員が貸主と借主の間に入り、借主の現在の収入を考え、借金の減額や毎月の支払額を無理のない範囲内で計画を立ててくれ、それが双方の合意に達するまで話し合いを行います。

私は裁判所に出向き、事情を聴かれ、差し押さえる物が何もないと判断したのでしょうか、書記官が私に特定調停をするように指示されました。あらためて裁判所から呼び出され、調停員との話し合いが始まりました。債権者の数8件、借金総額400万というのが分かりました。しかも過払い分がある可能性も言われましたが、その時は良く理解してませんでした。

すべてが終わるまで約1年を要しましたが、なんと私の借金は完済していて、しかも260万の返還金があると告げられた時は驚きました。

特定調停とはどのような手続なの?
参照元:裁判所(2015年10月、著者調べ)

抜け出し方⑦:自己破産

浪費癖があり、カード支払いの連発で…

■なんでもカード払いをしていたGさん

身の丈をしらないととんでもないことになると気が付いたときは既に遅かったのです。

私にはどうも浪費癖があり、欲しいものは何でも買ってしまわないと気が済まない性格でした。しかも現金での買い物ではなくクレジットカードでリボ払いで買っていました。1年位で利用可能額はゼロになり、それでも別のカードを作りまた買い物を続けました。これもやはり1年で利用枠が一杯になりました。それでも懲りずにまたカードを作り、同じように1年で使えなくなりました。こんな感じの生活が5年続き、カードが5枚、残債500万。この生活からもう抜け出せない、とその時理解したのです。

裁判所へ行き、相談し自己破産で解決

自分でインターネットで調べ、裁判所に行きました。事務の方に全てを話、自己破産の申請をしたのです。破産決定まで約半年。免責も決まりました。もうカードの審査も通らないためカードを作ることは出来ませんが、借金がすべて無くなったことはこれからの人生の再出発には最高の出だしとなりました。

浪費癖のある私には良い薬となりました。

しかし自己破産はする人にとってはかなりの痛手を受けることになります。第一に、借主の持っている財産、例えば住宅、不動産、車(本人名義に限ります)を失うことになります。ですから借家住いで、車はローン支払い中だった場合は自己破産によって失うことはありません。なお、この手続きは裁判所に自分で行って申請する方法と弁護士、司法書士に依頼して申請する方法の2通りがあります。

自己破産申立について
参照元:裁判所(2015年10月、著者調べ)

抜け出し方⑧:会社からの援助

独身生活で高級車を買ってしまい…

■分不相応の車を買ってしまったHさん

自分は車が好きで、特に外車のスポーツタイプの車が大好きでした。他に趣味もなく彼女もいないので、気楽な考えで800万もする車を買うことにしました。勿論全額ローンで毎月15万の60回払いでした。それでも自宅から会社に通っていたので、家賃がかからないので給料から差し引いても10万は残りましたから、十分やっていけると考えたのです。

しかし世の中そう上手くはいかないものです。車が目立つためか、いたずらされることが頻繁に起こりました。金属のようなものでボディを傷つけられたり、石をぶつけられたり、フロントガラスを割られたりと何度もありました。警察にも被害届は出しましたが犯人は見つからず、車は止めてある時は常にボディーシートをかけ隠すようにしましたが、困ったのはその修理費用でした。任意保険は加入していましたが、車両保険は入っていなかったのです。保険料金がかなり高くなるからでした。修理費用は車のローン代よりも高く、給料の残りだけでは支払いも出来なくなりました。親からはそんな車は売ってしまえ、と叱られましたが、自分はそれしか楽しみがなかったので、給料で支払いできないときはカードローンで借りて支払いました。当然車検費用も高額で、それもカードローンで支払いました。タイヤもよく盗まれたりしましたので買わなくてはなりません。それもカードローンで借りて支払いました。

そんなことを繰り返していたため車のローンもさることながらカードローンの残債が200万を超えてしまい、とても給料では支払いが出来なくなりました。

会社の上司の口添えで会社の援助を受け解決

自分が車が好きだ、ということは会社の上司もよく知っており、社内では周知の事実でしたので、私は思い切って上司に全てを打ち明けたのです。上司も車が好きな方でしたので自分の話をよく聞いてくれ同情さえしてくれました。そこで上司は社長に自分の困窮ぶりを説明してくれ、何とか助けてやれないものかと掛け合ってくれました。やがて、自分がよびだされると、社長は「お前の借金は全部会社で立替だ」といってくれたのです。「その代わり、退職金から差し引くからな」と言って豪快に笑っていました。

結局私が抱えていた車のローン400万円とカードローンの残額200万円の合計600万円が将来の退職金から引かれることになりましたが、毎月の給料はそのまま全額支給されました。ただし、老後のことを考え毎月10万円の預金をすることにしました。

後から聞いたのですが、社長も若い頃車に熱中していて、若かった頃を思い出した、とのことでした。本当に助かりました。

抜け出し方⑨:自宅を売却

知人の借金を被ってしまい…

■知人の保証人になってしまったIさん

長年付き合ってきた友人から借金の保証人になって欲しいと頼まれたものは正直驚きました。「今度、家を改築するので、銀行から1,000万借りたいんだけど、保証人の数が足りないの」と頭を下げられ、家族ぐるみでの付き合いだし、家の改築費用なら、と安易に受けてしまったのでした。

書類に印鑑を押し、印鑑証明書を渡しました。その後も何も変わらずお付き合いをしていましたが、一向に家を改築する気配がないのです。ちょっと心配になり、数日後に彼女のご主人に確かめたところ、改築の予定はないとの答えが返ってきたのです。しかも彼女が家に帰ってこない、と聞いて私は騙された、と思いました。

ひと月が経っても彼女は戻ってきませんでした。そのうち銀行員が私の家にやってきたのです。事情を聞くと、確かに家の改築ローンという目的で契約を結んだこと。しかも保証人は私ひとりであること。借り入れ額が2,000万円だったということ。私は言葉を失いました。

銀行員と相談し、自宅の売却で解決

隣のご主人にこのことを話、なんとかならないのかと問い詰めましたが、そのご主人は全く取り合わず、逆に、契約書をよく読まなかった私が悪い、とさえいったのです。

もうどうしようもなくなり、私は銀行員と話し合い、相談した結果、やはり保証人が支払いをしなければならないことを告げられ、そんな大金を支払うことも出来ないためやむを得ず私は家を手放す羽目になってしまいました。私は自分の主人にかなり説教されましたがなんとか許してもらいました。

家は土地付きで場所が良かったため、売却した残金が3,000万くらい戻ってきたので、郊外に新しく家を買うことが出来たのは幸いでした。

抜け出し方⑩:アルバイト

突然会社を解雇され…

■会社を解雇されたJさん

その通知は突然でした。20年勤めてきた会社から解雇通知をされたのです。理由は会社の経費節減のためやむを得ず、とのことでした。私以外にも60名が同じ理由で解雇されました。退職金は1年分の収入を上乗せすると。そうなると計算上は1,500万円くらいになるのですが、私には住宅ローンがまだ4,000万円以上残っていましたので大きな問題となりました。

年齢がすでに42才を超えると再就職が出来ても給料が今の半分以下になってしまいます。これでは住宅ローンさえ払うのは難しくなります。妻も働いていましたので、退職金で食いつないでも知れています。

Wワークして収入を増やして解決

妻のパートはこれ以上増やすことが難しいのです。家事のことも子供の世話もしているからです。私はとりあえず、会社が斡旋した新しい職場へ就職しました。足りない分は仕事から帰った後、近所にあるコンビニで夜間のアルバイトをすることを決意し深夜0時まで働き、朝は7時に起きて会社へ行く毎日が始まりました。

月額にして8万円程の収入増となりだいぶ家計の助けになりました。再就職の給料と合わせると約35万円です。

睡眠時間は5時間程度でしが、足りない分は土曜、日曜で補いました。本当はその休みの日も働けばいいのでしょうが、妻が止めたのです。カラダを壊したらもっと大変になると。

おかげで今はコンビニの仕事も慣れ、後は家族全員でで乗り切っていくだけです。

最後に

いかがでしたでしょうか。

借金地獄に至った経緯はさまざまですが、その要因となってしまったひとつに性格的なことが含まれていることがお分かりでしょうか。強固な性格、軟弱な性格と10人いれば10の性格があります。およそ借金を繰り返してしまう方は何某かの性格の弱さがあるのではないかと推測されます。

2015年現在の日本では法整備が進み、借金苦で自殺しないようないろいろな制度、仕組みがあります。借金することがいけないわけではありません。ただ無計画で欲望に走ってしまった結果借金の返済が難しくなったのは、自己責任と言わざるを得ないと思われます。

※本記事は一般的な情報に過ぎず、適用法令等の改正、前提事実や個人状況の違いおよび変化によって、掲載内容と実際の結果が異なってしまう可能性があります。従って本記事の掲載内容については一切の責任を負いかねますので、内容の解釈や実践はご自身の責任で行い、専門家に相談されることを推奨いたします。