扶養義務者とは?10分でわかる扶養の基礎知識

誰かを養っていれば、それが赤の他人であれ子供であれ「扶養」という言葉自体は当てはまります。しかし、自分が善意でしている人助けですから、それは「義務」ではありません。ですが、日本の決まりの中には人助けを義務付ける「扶養義務」という決まりがあります。扶養を背負う扶養義務者の説明を軸に、扶養の基礎知識を説明します。



人助けに義務が生じる人?

世の中には色々な法律の条文がありますが、その中には、特定の人が特定の人を助けることを義務として掲げている条文があります。

人助けとは善意でかつ自分で進んで行われることがほとんどで、皆さんも地域のゴミ拾いや募金活動に参加した経験があるのではないでしょうか。こういった活動は転じて誰かのためになるのですから立派な人助けと言えるでしょう。しかし、募金をするのは自分から進んでするのであって義務ではありません。ゴミ拾いも、地域の人たちが善意でするのであって誰かに強制されるわけではありません。あくまでも「善意」と「自分から進んで」という断り書きがつきます。

しかし世の中の条文には、自分から進んでしようと思わなくても「義務なので人助けしなさい」と書いてあるものがあります。その条文に自分が該当していれば、募金活動やゴミ拾いのように「私は賛同できないからしない」「気が進まないからパス」ということは許されません。何らかの理由から義務が許されることはあるにせよ、基本は義務、やりなさい!という強制です。

今回は人を助けることに義務が生じる場合を簡単に説明し、人助けに義務が生じる人について解説を進めます。

人助けに義務が生じる人って誰?

では、こうした人助けに義務が生じる人とは誰なのでしょう?実は、私たちの身近に、人助けをすることに義務または似たような強制、必要性が生じている人たちがいるのです。さあ、誰でしょう?

答えの一つとして、医師や警察官、消防職員です。

例えば医師の場合

医師は患者を助けることも助けないことも自由!ではなく、お金次第!ではありません。医師という職業は患者を助けることに対し一種の義務のようなものがあります。

治療が功を奏さず患者が治癒しなかった、亡くなってしまったという場合は仕方がありません。医師だって万能ではないのですから。しかし、目の前で命の危機に瀕している者がいれば、倫理と道徳に則り医師として治療を施さなければいけません。

医師の「患者を助けなければいけない」という倫理と道徳が、時に患者の倫理道徳や信仰とぶつかってしまい、争いになることがあります。実際、信仰上の理由から治療を拒否したのにどうして助けたのだ!と、医師に対し訴訟を起こしたというケースも世の中にはあります(最高裁判所2000年2月29日判決)。なかなか考えさせられる話です。

このように、医師には職業倫理上の義務のようなものがあります。

医の倫理の基礎知識|医師のみなさまへ|医師のみなさまへ|公益社団法人日本医師会
参照元:公益社団法人日本医師会(2016年1月、著者調べ)

他の仕事は?

義務のようなものがあるのは医師だけではありません。他の仕事にも、人助けの義務がある仕事があるのです。

お店はどうでしょう?お店はお客さんに物を売る自由はあるでしょうか?飲食店はどうでしょう?お客さんに必ず飲食させなければいけないでしょうか?答えはNOです。別に義務があるわけではありません。お客さんが理不尽であれば時にお店から出て行ってもらうこともできてしまいます。お店を開いたからには利益を上げなければいけませんが、だからといって必ずしも来たお客さん全ての望むままに物を売る必要はないわけです。お店の場合は売る、売らないという自由くらいはあるわけですね。他の仕事にも、依頼を引き受ける、引き受けないという裁量くらいはある場合が多いと思います。

しかし、医師のような仕事は、仕事を引き受けるか引き受けないのかを自由にしてしまうと、それだけで命を落とす人が出てしまいます。ですから、医師の職業倫理として人を助けなければならないという義務に似たものがあったわけです。医師の他には消防や警察にも一種の義務のようなものがあります。

例えば警察や消防。この二つの職業はどうでしょう。警察署に駆け込んだ時に警察が「怖いから無理」と言い出したら、一般市民は犯罪から助けてもらうことができません。消防職員に「火事です!まだ中に人が残っているんです!」と訴えても、「今日は気が進まないので出動しません」なんて言われたら、たまったものではありません。警察や消防の人助けには、一種の義務のようなものが課せられていると言えます。

また、一般市民に認められる権利も警察や消防の職員などは一部制限されている解釈されています。賃上げ要求のために団結して仕事をストライキしているので火事や事件の時に出動できませんでは困ります。警察官が確保しようとしている犯人にナイフを突き出されて、通行人の影に隠れてしまったなんてことがあったら大変です。

時に自分が危険を免れるために罪のない物や人に危険を移転してしまいそちらに被害が出てしまうことを緊急避難と言い免責されることがありますが、警察官は一般人に対し緊急避難をしたらダメです、あなたが守る立場でしょ!ということです。警察や消防は人を助けなければならないという義務から権利や行動に制限まで生じるということです。

(緊急避難)第三十七条
自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
2  前項の規定は、業務上特別の義務がある者には、適用しない。

出典:

law.e-gov.go.jp

義務が生じる人はまだいる?

このように、医者や警察、消防には仕事上、一種の人助け義務があります。しかし、人助けの義務を背負っているのは何もこれらの仕事をしている人たちだけではありません。他にも義務を背負っている人たちがいつのです。さあ、誰でしょう?

答えは「私たち」です。

特別な仕事に就いていなくても、私たちは誰かの子供として生まれたことにより自動的に義務を背負うことになります。また、誰かと結婚することにより、さらに自動的に義務を背負うことにもなるのです。民法は私たちが日本に日本人として生まれたことにより自動的に背負わなければならない一種の人助け義務を定めています。

私たち日本人が生まれ、普通に生きるだけで自動的に法律に追わされている人助けの義務を「扶養義務」、婚姻により発生する人助け義務を「配偶者の扶養義務(生活保持義務)」、義務が生じる人のことを「扶養義務者」といいます。



扶養義務者とは?

「扶養義務者」とは、扶養する義務のある人のことを言います。扶養される側ではなくする側です。

医師や消防、警察はその仕事に就いたことにより、職業倫理としての意味で人助けをすることが義務となりますが、民法により定められた義務は私たちが誰かの親族や血縁であることを理由に自動的に生じますので、誰かは誰かの扶養義務者になっているということです。また、配偶者の扶養義務は婚姻により生じますので、婚姻届を提出すると「そんな約束はしていない。結婚だけしたのだ」と主張しても義務から逃れることはできなくなります。

民法877条の扶養義務者は法律で定められた範囲の人で、配偶者の扶養義務は配偶者それぞれがお互いに対して扶養義務者になります。

民法に定められた義務

民法877条に定められている人助け義務を「扶養義務」といいます。

(扶養義務者)第八百七十七条
直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある。
2  家庭裁判所は、特別の事情があるときは、前項に規定する場合のほか、三親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる。
3  前項の規定による審判があった後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所は、その審判を取り消すことができる。

出典:

law.e-gov.go.jp
この条文に定められた範囲である「直系血族及び兄弟姉妹」に関しては扶養義務が生じます。また、「三親等内の親族間」に関しては扶養義務が生じるわけではないですが、裁判所の命令などがあった場合には扶養義務が生じることがあります。

日本は憲法25条により生活が保障されています。生活が困窮した時に生活保護という制度で助けてもらうことができるのは、憲法25条をベースに生活保障が整えられているからです。しかし、税金は赤の他人のお金という性質を持っていますから、そう簡単に使うことはできません。

それに、生活に困っているなら、なるべく困っている人に近い親族や家族が生活を支援することが望ましいと考えられています。子供が困っているなら親が支援するのが普通だろうし、おじいちゃんおばあちゃんが困っているなら孫や子たちが皆で援助するのが一般的な家族としての在り方です。

まずは877条で定められた義務を背負う人たちが援助することを義務とし、義務を背負う人たちが自分の生活で手一杯などの理由によりどうしても援助が難しい場合は生活保護による支援が行われています。だからこそ、生活保護の際にまずは真っ先に援助をしてくれる義務のある人はいるのか?義務のある人たちは援助可能な状態か?を調べられるわけです。

877条の援助は主に生活費の支援という形で行われます。扶養義務者となる人は主に生活費を渡すことにより扶養を行います。扶養義務者が複数いる場合は話し合いで誰か一人が扶養をするか、皆で折半、それぞれの生活レベルに合った額を支出という形での扶養も可能です。

(扶養の順位)第八百七十八条
扶養をする義務のある者が数人ある場合において、扶養をすべき者の順序について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所が、これを定める。扶養を受ける権利のある者が数人ある場合において、扶養義務者の資力がその全員を扶養するのに足りないときの扶養を受けるべき者の順序についても、同様とする。

(扶養の程度又は方法)第八百七十九条
扶養の程度又は方法について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、扶養権利者の需要、扶養義務者の資力その他一切の事情を考慮して、家庭裁判所が、これを定める。

出典:

law.e-gov.go.jp

扶養義務者の範囲

877条に定められる「直系血族及び兄弟姉妹」が扶養義務者になります。また、本来は義務者ではない「三親等内の親族間」も、家族や親族の事情によって扶養義務者に指定されることもあります。ただし、扶養義務者の範囲にいる人でも、必ずしも扶養義務が生じるわけではありません。

自分の命を削ってまで扶養しろとまでは言えませんので、扶養義務者が自分の生活で手一杯の場合、他の者を扶養していてさらに扶養する余裕がない場合は「扶養は無理です」と断ることも可能です。その場合は扶養しなくていいわけではなく、扶養義務は依然としてあるし扶養義務者でもあるが、理由により容赦されるという形になります。

扶養義務者を辞めることは?

扶養義務者は「辞めます」と言って辞めることはできません。誰かの親族、家族である以上、辞めることなどできないのです。生まれてしまったからには自分の血縁に対し責任と助ける義務が生じます。自分の生活で手一杯でも義務を辞めることはできず、あくまで理由があって援助をしないことを許されているという方が正しいでしょう。ただし、本来は義務が生じない場合に扶養義務者に指定された場合や、現に扶養しているが生活の事情が変わった場合は変更をお願いすることができます。

(扶養に関する協議又は審判の変更又は取消し)第八百八十条
扶養をすべき者若しくは扶養を受けるべき者の順序又は扶養の程度若しくは方法について協議又は審判があった後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所は、その協議又は審判の変更又は取消しをすることができる。

出典:

law.e-gov.go.jp
今まで月50万円の給与をもらっていたので叔父の扶養義務者として援助をしていた姪が仕事を辞めることになり収入がなくなった。収入がなくなったので扶養できない。こんな場合は事情により扶養義務者や金額を変更することもできます。姪の生活が極端に困窮し、今度は弟が高収入の仕事に就いたのなら、叔父の扶養を弟が変わることができる他、弟と姉が折半して叔父の生活費を支援することもできますし、今度は弟が姉への扶養義務者として援助をすることも可能です。

事情が変化したなら、扶養の状況を変更することもできるのです。ただし、扶養義務者を辞めます!ということはできません。あくまで事情が変化したことにより許容されるだけです。また、扶養を受ける権利も捨てることはできない決まりになっています。

(扶養請求権の処分の禁止)第八百八十一条
扶養を受ける権利は、処分することができない。

出典:

law.e-gov.go.jp

配偶者の扶養義務と扶養義務者

結婚すると、夫婦はお互いに対し扶養義務が生じます。片方のお小遣いが少ないから同じ額だけ渡しなさいといった具体的な扶養義務ではなく、夫婦は同じ水準の生活を送ることができるようにお互い助け合いなさいという扶養義務です。この扶養義務を生活保持義務ともいいます。

夫婦生活を同水準に保つ、つまり、結婚したのに夫だけ豪華な生活をし、専業主婦に対し「俺の稼いだ金だから使わせない」なんて言い放ち、ろくに生活費を入れないことは許されないわけです。夫が豪華な生活をするなら妻も同水準の生活ができるように計らわなければいけませんし、妻が働いている場合もまったく同じ水準で夫が暮らせるようにバランスを取らなければいけません。

また、この義務は別居中であっても、婚姻していれば生じます。別居中に夫が妻に生活費を渡さない、逆に妻が夫に生活費を渡さない場合は裁判所に申し立てを行うことができます。

生活保持義務とは -意味/解説/説明 | 弁護士ドットコムで法律用語をわかりやすく
参照元:弁護士ドットコム(2016年1月、著者調べ)

裁判所|婚姻費用の分担請求調停
参照元:裁判所(2016年1月、著者調べ)

扶養義務者の範囲

配偶者の扶養義務の扶養義務者はお互いです。妻に対しての夫、夫に対しての妻になります。ただし、この義務は夫婦だからこそ生じるものですから、夫婦関係が切れれば扶養義務はありません。赤の他人になるからです。

離婚したら元妻、元夫は他人ですから、生活費を支援し扶養する義務はありません。ただし子供に対しては扶養の義務が生じます。別れた妻が子供の親権を得たとしても、夫と子供の関係が切れることはありません。逆のパターンも然りです。子供の対しては扶養義務が生じます。この子供への扶養義務は主に養育費という金銭により行われます。

裁判所|養育費請求調停
参照元:裁判所(2016年1月、著者調べ)



税金上の扶養義務者は違う?

法律上、扶養の義務が生じる人を扶養義務者といいます。扶養義務者は扶養しなければならない人に対し、主に生活費(お金)という形で支援を行います。誰が扶養義務者になり、誰が扶養される側になるかの範囲は法律上に定まっています。

しかし、税金の解釈は法律とは一部異なっています。税金の場合は法律よりも扶養義務者を広くとる傾向にあるのです。税金の場合は同居している三親等の親族も範囲に含まれます。法律の場合は、特別に理由がある場合は扶養を義務付けることができましたが、税金は同居していれば扶養し合う間柄と認めてしまうということです。これは法律の解釈と異なっていますよね。どちらが正解なのでしょう?法律ではこう言っているけれど、税金の考え方に反したら扶養義務に反したことになってしまうのでしょうか?

ご安心ください。税金上の扶養や義務の考え方に反したからといって、それは扶養義務に反したことにはなりません。

私たちに課されるものはあくまで法律の扶養義務です。私たちは法律を守る必要があります。しかし、税金の場合は「あくまで税金の算定の場合はこういう考え方をします」というだけで、そこに扶養義務が発生するわけではないのです。

法律と税金で別の解釈が置かれていたら、私たちが守るべき、基本にすべきは法律。税金の法律と異なる部分はあくまで税金を計算する時だけの理屈だよと覚えましょう。よって、税金では同居の三親等内に扶養義務があるとして計算することになります。法律は法律、税金は計算する時はこのように解釈して計算してくださいという指針です。

第1条の2《定義》関係|通達目次 / 相続税基本通達|国税庁
参照元:国税庁(2016年1月、著者調べ)

最後に

このように人助けに義務が生じることがあります。一つは職業倫理として人を助けることが一種の義務になっている場合。もう一つは、私たちが誰かの家族や血縁である以上、当然のように生じる「扶養義務」です。一般的に扶養義務という言葉を使った場合は職業倫理上の義務ではなく、民法や夫婦になることで生じる扶養義務を指すことがほとんどです。

扶養義務は本来は善意で行われるべき援助を義務化したものです。読んでいて反感を覚える方もいらっしゃるかもしれません。しかし、逆に考えると、自分が困窮した時に誰かに助けてもらえる権利とも言えます。扶養義務は誰かを扶養する義務であると同時に、誰かに扶養してもらえる権利でもある。その点をよく押さえていただきたいと思います。

また、扶養をする義務のある者を扶養義務者といいますが、扶養義務者は日本国民のほぼ全てが該当するのではないかと思います。私たちは誰かと結婚し、誰かの子として生まれた時点で責任を背負っているといえます。また、同時に、私たちと共に生きる周囲の家族や配偶者は、私やあなたに対し責任を背負ってもいるのです。