「貧乏暇なし?」ではお金持ちは暇ですか?

貧乏暇なし、はよく聞かれるフレーズですが、いつ頃から使われるようになったのか、どんなシチュエーションで使われているのか等々、少し変わった視点から「貧乏暇なし」を掘り下げてみました。



貧乏暇なしのルーツについて

男はつらいよ パーフェクト・ガイド ~寅次郎 全部見せます (教養・文化シリーズ)
男はつらいよパーフェクトガイド。
NHK出版が〝教養・文化シリーズ”と銘打って出版とは、寅さんもさぞやビックリしていることでしょう。 「貧乏暇なし」ってよく使うなぁ、と思って熟考してみたら、「いいや、自分はあんまり使ってないや」ということが判明しました。

だからと言って私が貧乏ではないかというと、「貧乏ではないかもしれないけれど、特に金持ちとも言えない」というなんとも曖昧な立ち位置です。「一億総中流」時代をフルに過ごしたせいなのか、特に根拠もないのに「なんとなく『中の中』」意識から抜け出せないのではないかと考えてしまいます。

じゃあ、私の周りで一体誰が「貧乏暇なし」って言ってたっけ?と思い返して浮かんだ顔が四角かったのです。

一億総中流
参照元:Wikipediaより(2015年11月現在、筆者調べ)

寅さんとタコ社長

笑わせようと思っているのではなく、本当に私の周りで「貧乏暇なし」という言葉を使っている人は思い浮かばず、代わりに浮かんできたのは映画「男はつらいよ」シリーズに出てくる「フーテンの寅」こと寅さんと、ご近所の印刷工場の「タコ社長」との毎度のやり取りでした。

寅:「相変わらず忙しそうだね」
社長:「貧乏暇なしってね!」

こんな具合です。

貧乏暇なしの語源

「貧乏暇なし」は、貧乏だと生計を立てるために、働き詰めで余裕がないんだろうなぁ、というイメージで、確かにそういう意味もあるようですが、時間が作れないことの言い訳に使われる場合や、「忙しいのは自分が貧乏だからですよ」と謙遜して使われることが多いようです。

もともとは「江戸いろはカルタ」からきているようです。「へぇ~そうなんだぁ」と感心して「あれ?」と思ったのですが、私が子供の頃に遊んだ古い「カルタ」の記憶を手繰ってみれば、「ひ」は「瓢箪(ひょうたん)から駒」だったはずでは?

調べてみたら、「瓢箪から駒」は京カルタですって。生まれも育ちも東京のはずが、なぜか我が家のカルタは京カルタだったということでしょうか?もはや確認しようにもカルタそのものが手元にないのでわからず残念です。

貧乏暇なし
参照元:故事ことわざ辞典より(2015年11月現在、筆者調べ)

【特集】 東西いろはかるた 「江戸」「京都」「大阪」 一覧ページ
参照元:Distant Thunor -ことわざの部屋より(2015年11月現在、筆者調べ)



金持ちは暇ってこと?

貧乏暇なし=貧乏は忙しい、と定義すると、以下の三段論法が成り立つと考えられます。

A) 貧乏は忙しい
B) 貧乏は金持ちではない
C) ゆえに、金持ちは暇である

本当にそうでしょうか?私はむしろ以下の論理の方が事実に即しているのではないかと考えるのですが。

a) 暇は貧乏のもと
b) 貧乏は金持ちではない
c) ゆえに、多忙は金持ちのもと

貧乏は暇、金持ちは多忙

個人的な経験から、仕事が沢山あるから忙しいのであって、そういう時は「儲かっている時」だと思うのです。逆に、暇な時は景気が落ち込んでいる可能性が高いので、危機感を持って仕事をしなければならないでしょう。

「いや、仕事が無いから新規案件を獲得するために一生懸命働いて忙しいんじゃないかな?」と考えられなくもないのですが、新規案件を獲得するための準備の忙しさなんて、実際に案件を受注した後の実務上の忙しさに比べれば大したことはないと思います。少なくとも私の場合はこれまでずっとそうでした。

経済全体の動きでみても、一般論としては、失業率が高い時には景気は低迷していて、失業率が下がると「景気が良くなる兆し?」と捉えられませんか?

24時間戦えますか?

日本がまだバブル景気に沸いていた頃、「24時間戦えますか?」というキャッチコピーで「Regain(リゲイン)」という栄養ドリンクのCMがテレビで流れていました。1988年のことです。日本のビジネスマンがまさに世界で活躍し、寝る間を惜しんで働き、遊んでいた時代のことです。

同じ年、「5時から男」というフレーズもCMに流れ、リゲインのCMソングと同じく一世を風靡しました。仕事中にぐったりしていたサラリーマンが、午後5時になるととたんに「シャキン!」と元気になって夜の街に繰り出すという滑稽な様子を描いたもので、商品名は「グロンサン強力内服液」。

「24時間戦えますか?」も「5時から男」も同年の流行語に選ばれるほどでした。仕事(生産)にも、遊び(消費)にも皆が忙しかった時代のことです。

その後日経平均株価は1989年(平成元年)12月29日の大納会に史上最高値38,957円44銭を付け、翌年の1月4日の大発会から株価の下落が進むのですが、それでもまだ「バブル崩壊」という認識はあまりなく、さらにその2年後の1992年のジョージ・ソロス率いるヘッジファンドによる英国ポンドの空売りによる英国通貨(ポンド)の下落によって「あれ?なんかマーケットがおかしい」という印象を持ったのを思い出します。

栄養ドリンクならリゲイン – Regain|第一三共ヘルスケア
参照元:「24時間戦えますか。」でおなじみの栄養ドリンク[リゲイン]公式サイト(2015年11月現在、筆者調べ)

お疲れさんにはグロンサン
参照元:ライオン株式会社HPより(2015年11月現在、筆者調べ)

貧乏性が高じて

ジョージ・ソロス率いるクォンタム・ファンドによる英ポンドの空売りとイングランド銀行による対抗措置は加熱を帯び、ついにはイングランド銀行を敗北に追いやるに至り、イギリスは欧州為替相場メカニズム(ERM)による実質的な固定相場から変動相場制へと移行せざるを得なくなっていきました。

ジョージ・ソロスはポンドの空売りによって巨額の利益を得て「ヘッジファンド」の「力技」を市場に強く印象付けたのです。

私が日本のバブル崩壊を体感したのは更にその翌年の1993年の秋口です。1993年6月、皇太子のご成婚があり、私は海外からパレードを見物するために日本にやってきていた数名のアメリカ人投資家を(休日だったにもかかわらず)ご案内するという役目を引き受け、ついでに東京観光に付き合ったりして楽しく過ごしました。

それまでにも、外国からやってくる投資家や金融機関の職員、さらには政府関係者などのお供を会社からいいつかって彼らの観光や視察に同行することは結構あったのですが、1993年の秋口からぱったりと、そうした声がかからなくなったのです。

エコノミストなどのマクロ経済の専門家なら、もっと数値的なデータやニュース報道などを元に論理的にバブル崩壊を論じられるところでしょうが、私の場合は違います。1993年の夏から秋にさしかかる季節の変わり目が、まさに「体感」としての日本経済冬の時代への入り口に思えました。

翌年には50歳以上の社員に対して「早期退職」を募る社内公募がスタートしたりして、ますます「あれ?なんだかすごく景気が悪くなってきた?」と感じはじめ、そして、みるみる残業が減って行きました。実質的な仕事量も減りましたが、上司から「残業せずに早く退社してプライベートをより充実させて」などと言われ始めたのもこの頃です。

2015年の今なら「ワークライフ・バランス」というコンセプトも、その意義もきちんと理解していますが、当時は「ああ、残業されると会社は困るんだな」という負の意味にしか捉えられず「景気低迷による会社の経費削減要求」に「私の仕事はいつまであるのか」などと悶々とした日々を過ごしていました。

根が貧乏性なんでしょう「忙しくないと不安」という病に取りつかれ、意を決して日本を飛び出し海外に仕事を求めに出ました。などと言えば恰好よく聞こえるかもしれませんが、本当に私が所属していた部署が分社化・子会社化される、という噂が社内に流れていて、知識も経験も不足していた若年の私は「うわぁ、このままじゃあリストラされちゃうよ!」という恐怖に取りつかれ「船が沈む前に逃げ出すネズミ」よろしく勤めていた会社から逃げ出した、というのが真相なんですけれどね。

経済のランダム・プレイ

海外に仕事を求めるにしても、いきなり荷物をまとめて乗り込むわけにはいきませんから、ヘッドハンティング会社などを通じて仕事を探してもらいながら、9時から5時までの仕事は続けてチャンスを待ちました。経験もスキルもある「エグゼクティブ」ならまだしも、若いだけが取り柄だった当時の私に、ヘッドハンター達も冷たいもので、「もうちょっと経験を積みなさい」とか「甘いですよ」などと嫌味やお小言を言われながらも諦めきれずにジッと耐えていました。

ある日、「イギリスの銀行がジュニア・レベルの人材を探してますけど、どうですか?」と連絡がきて、それに飛びつきました。その銀行の東京にある支店で面接を受けたのですが、はっきり言って「何でもやります」以外には何のアピール・ポイントも無いのに採用され、逆に「何で私を雇うことにしたのか…、怪しい」と、またもや疑惑が湧くのですから、当時の私がいかに失業の恐怖に囚われていたかがわかるでしょう。

景気の循環を実感

入社が決まってしばらくはイギリスの本店で働いてからゆくゆくは東京の支店に戻ってくる、ということで無事に退社をした後、家族の反対を押し切りイギリスへ向かいました。

クォンタム・ファンドに空売りを仕掛けられて事実上の敗北を喫したはずのイギリスがどうなっていたかと言えば、なんと景気が良くなっていたのです!

ジョージ・ソロスが仕掛けた空売りによって英ポンドは変動相場制に移行し、通貨価値は思いっきり下落してしまったのですが、なんとそれが英国経済にとってはプラスに働いたのです。ポンド安でイギリスの輸出品の価格が下がり海外製品との比較で価格競争力がついたためではないか、と言われています。

2015年現在の日本の状況にも似ています。イングランド銀行が行った通貨防衛とは全く逆をいく形ですが、日本銀行による大胆な介入によって日本円はどんどん価値を下げ(円安)、その分輸出産業が伸びています。トヨタ自動車の2015年4月-9月の中間決算はアメリカでの好調な販売や円安効果で、中間期としては初めて売り上げが14兆円台に達し、売上・営業利益ともに過去最高をマークしています。

イングランド銀行もまさかの「棚ぼた」いや、「予想外の福利」だったと思います。その資金が尽きるほどまでソロスのファンドに対抗し、守ろうとしていた通貨価値が下落の一途を辿った時には、さぞかし肝を冷やしたと思うのですが、結果的にそれが「英国病」とまで言われた不況からイギリスを救ったのでした。

そして、私もしばらくの間イギリスでまた「ヒーヒー言いながら」忙しく働くことができたのです。

市場の不確実性はよく言われますが、私はまるで音楽プレイヤーのランダム・プレイのようだな、と思っています。

日本に帰ってきてからも、1997年にはアジア通貨危機、1998年にはロシア財政危機などありましたが、その度に「うわぁ!大変なことが起こってる!」とパニックになる私を、「大丈夫。危機は必ず過ぎ去るものだから」となだめてくれた諸先輩方の恩に報いる意味でも、若い世代の方の前では「安心して」と言ってあげられる大人でありたいな、と思うのです。景気は循環するものですから。

事実、アジア通貨危機後もアジア各国は存続しました。一部の国では目覚ましい経済発展も実現させています。ロシア財政危機直後に巨額投資をして大儲けをした富豪も、ロシアだけでなく世界中にたくさんいます。

それにしても、ランダム・プレイで日本の曲が流れる日はいつなのだろうかと、待ち遠しくてたまらないのですが、もうしばらく辛抱する必要があるのでしょうか?クォンタム・ファンドはアベノミクスでも結構儲けているようですが、日本国民一人ひとりが「これは景気がよくなってきたぞ」と実感できる日が近いことを望むばかりです。

ジョージ・ソロス
参照元: Wikipedia(2015年11月現在、筆者調べ)

トヨタ、4~9月の純利益 過去最高の1兆2581億円
参照元:日経電子版|2015年11月5日付記事より(2015年11月現在、筆者調べ)

悪には休む暇もない

「貧乏暇なし」を英語で何というかと言えば、「No rest for the wicked」になるようです。

もともとは聖書の中に出てくるフレーズで「常に善が悪(wicked)を滅ぼそうとしているため、悪には休む暇もない」という意味らしいです。

年代のせいだとご容赦いただきたいのですが、私のイメージする「悪」と言えば「ショッカー軍団」。確かに彼らはいつも忙しそうです。次々と悪企みをしては正義の味方にやっつけられ、たぶん大勢の仲間がケガをしたり亡くなったりしていると思うのですが、めげずに戦いを挑んでいます。

そう思っていたら最近ネオ・ファースト生命という第一生命グループの企業CMにショッカーが出てきてびっくりしてしまいました。ショッカーが自分のレントゲン写真をのぞき込むというシュールな図柄に思わず笑ってしまうと同時に、レントゲン写真を人型にくり抜いたみたいな容貌のくせにレントゲン撮る必要あるの?と突っ込みたくなります。

最近生命保険会社のCMが多くなったな、と感じるのは私が年をとって健康への関心が増したからばかりではないように思います。やはり相続税増税の影響でしょうか?預貯金よりも生命保険で財産を遺す「生命保険の基礎控除」を考える人が増えているため、生命保険会社側も一生懸命CMを打ってアピールしているのかしら?などと考えてしまいます。

ネオファースト生命
第一生命グループの生命保険会社「ネオファースト生命」の公式サイトです。

Q.死亡保険金が相続税の対象となる場合、必ず税金を負担するの?
参照元:公益財団法人 生命保険文化センターより(2015年11月現在、筆者調べ)



まとめ

「暇がない」ことのポジティブな面をアピールしようと思って執筆を開始したのですが、単に私の貧乏性の言い訳みたいになってしまったかな、と反省しています。

「暇より忙しいほうがいいのかな」と少しでも(忙しさを)前向きに捉えられるようになった!と思っていただけたら本望です。

実は「貧乏暇なし」には以下のような文句が続く用法もあるそうなのでご紹介します。

・貧乏暇なし魚売り
・貧乏暇なし砂利(籠・糞・ため)かつぎ

なるほど、江戸風情がある…エコ(籠・糞・ため)な様子が浮かびませんか?

もうかなり昔になりますが、「貧乏暇なし」をお題に落語愛好家の素人さんが創作落語を披露する、というちょっと面白い趣向の会に友人に連れられて行ったことがあるのを思い出しました。

ある愛好家さんが、「貧乏暇なし験(ゲン)かつぎ」と言って博打がやめられない男の話を披露したのですが、おかみさんがどんなに「もう博打はやめて」と頼んでも言うことを聞かず、毎夜賭場に向かうのです。江戸版「だめんず」です。

ところが、わが子が病気にかかったことを機に治療費を稼ぐために心を入れかえ、博打から足を洗い、「貧乏暇なしアサリ売り」となって、その後はまじめに働きましたとさ、おしまい、というオチのお話でした。

その時は「貧乏暇なし」が江戸いろはカルタの文句だとは知らなかったのですが、江戸っ子風の語り口調や、子を思う親の情、発表会が開催された場所(門前仲町)にちなんで深川名物「アサリ飯」にもかけてあるところなど、素人とは思えないほど「うまいなぁ」と感心してしまいました。

もちろん、帰りは友人と連れ立って深川丼を食べに行って…と思い出したら本当に食べたくなってきましたが、言いたかったのはそんなグルメ情報ではなく、「目的があってする仕事は尊く楽しい」ということです。

冒頭でご紹介した「男はつらいよ」に出てくる「タコ社長」も、「忙しい、忙しい」が口癖で、何かあるとすぐに「税務署がね…」と中小企業経営者の苦労を語ろうとしますが、いつも忙しそうだけど、いきいきしていませんか?

寅さんに言わせれば企業経営者の「タコ社長」は資本家のブルジョアですが、それほど暇そうではありません。

私は「暇になると人間はロクなことを考えないし、しないもの」だと思っているのですが、いかがでしょう?まあ、忙しさにも限度があります。忙しくても余暇を楽しむ余裕があるのが「お金持ち」とするなら、「貧乏」ではその「余裕」も無い、というのが現実なんでしょう。

もちろん、忙しければ忙しいほどいい、ということでは決してなく、必要な身体と心の休息をきちんととれるのが大前提ですよね。

※本記事は一般的な情報に過ぎず、適用法令等の改正、前提事実や個人状況の違いおよび変化によって、掲載内容と実際の結果が異なってしまう可能性があります。従って本記事の掲載内容については一切の責任を負いかねますので、内容の解釈や実践はご自身の責任で行い、専門家に相談されることを推奨いたします。

だめんず・うぉ〜か〜
参照元: Wikipediaより(2015年11月現在、筆者調べ)